5.1 アジアの文化・政治・経済
本節では、アジア企業経営の外部要因として、アジアの文化・政治・経済を確認します。
まず、文化を整理します。
次に、政治システム・法制度を整理します。
最後に、経済システムを整理します。
5.1.1 文化
本講義での「アジア」とは、中国文明(特に儒教)の影響を受けた国・地域とします。
- 中国、台湾、香港、シンガポール(75%が中国系)、および韓国、北朝鮮です。
儒教が宗教であるかどうかは議論がありますが、本講義ではその価値観とそれに基づく慣習に着目します。
代表的な価値観は、秩序、序列(上下関係)を重視する点です。
- 「親・子」、「夫・妻」、「年長・年少」、「支配者・市民」、「雇用者・従業員」、「教師・生徒」といった様々な場面での表われます。
寺西(2018, p.241)は以下のように、中国の「資本主義の精神」をまとめています。
知識階層を中心とする指導者階級が「理」を体現し、君子と官僚による徳治という伝統の下、一方での政府統制の容認と他方での「気」に基づく野放図な利益追求行動を生み出す傾向は、ある意味で伝統的な中国の資本主義の精神であるように思われる。
5.1.1.1 Hofstedeの指標
権力格差は中国80、韓国60、台湾58、香港68、シンガポール74と総じて高く、世界的にみても高いグループに位置します。
権力格差の高さは、儒教の「五倫(父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信)」に基づいています。(Edfelt (2010, p.190)、(Meyer (2014, 日本語版 pp.164-165)))
学歴社会にもつながっており、受験戦争は厳しいです。大学院への進学率も高いです。
集団・個人主義は中国20、韓国18、台湾17、香港25、シンガポール20と総じて低く、世界的にみても集団意識の強いグループに位置します。
集団意識は、主として家族(血縁関係)に基づきます。これはラテンアメリカなど集団意識の強い各地域で共通してみられる傾向です。
- 日本にみられる集団意識は、必ずしも血縁関係に基づいていないところが異なります。
縁故(コネ)がビジネスにも影響します。
中国では「関係(guanxi)」を築き、内集団のメンバーと見做されることがビジネス上重要となります。
家族・親族、出身地・方言、出身校の関係が、日常生活やビジネスにおける信頼につながります。そのため、取引を始める前に、まず「関係」を作る必要があります。
企業と社員の関係は(企業オーナーの家族は別として)、薄いです。
- 韓国では、これが労使対立の一因になっています。
男性性は中国66、韓国39、台湾45、香港57、シンガポール48と地域差があります。
周囲(親・兄弟・教師・上司)の期待に応えようとします。
- 日本のように会社(組織)のために働くということが少ないので、男性性が高くなりません。
社会生活において、「恥をかかす」「面子を潰す」のは避けなければなりません。
- 上司が部下を叱責する場合でも、個室(1対1)で行うなど、相手の体面を保つことが重要となります。
不確実性回避は、中国30、韓国85、台湾69、香港29、シンガポール8と地域差があります。
中国は国内でも地域差があり、北部は不確実性回避の数値が高く南部は低いです。
中国国外に住む中国人のうち中国国籍を持つ人を華僑、現地国国籍を持つ人を華人と呼びます。
華僑・華人は中国南部出身(祖先)が多く、起業家精神が高いです。
長期指向は中国87、韓国100、台湾93、香港61、シンガポール72、世界的にみても高いグループに位置します。
一族の繁栄を考えて行動をします。
初対面の相手に親しく接することは少なく、時間をかけて「関係(guanxi)」を築いていきます。(Meyer (2014, 日本語版 pp.206-207))
充足(抑制)志向は中国24、韓国29、台湾49、香港17、シンガポール46、世界的にみても低いグループに位置します。
長期志向と関連しています。アメリカと対照的です。
論語には「巧言令色鮮し仁(言葉や顔つきを上手くとりつくろうような人たちの中に、人格者はいない)」や「剛毅朴訥は仁に近し(意志が固くて飾り気のない人は、真の人格者に近い)」といった節があります。
アジアの各国は、高文脈文化に分類されます。
ただし、日本の時間感覚がモノクロニック時間であることから、同じ高文脈社会であるアジアとは違いが存在します46。
Meyer (2014, 日本語版 pp.288-290)に、日本と中国の時間に対する認識の類似点・相違点が紹介されています。
中国の文化では、時間に正確であることが美徳とされていて、ミーティングに遅れる場合はしっかりと謝る必要がある。ただ中国人と日本人の時間に対する認識が似ているのはここまでだ。日本人は非常にしっかりと計画を立てる。彼らは柔軟というよりは明らかに組織化されている。中国では、事前の計画がないまま、あらゆることがその場で起きる。中国人は柔軟性の最たる人々だ。明日や来週のことは考えず、今ここのことを考える文化なんだ。
中国人の同僚たちの働き方を見ていると、本当にただただ驚くよ。彼らは即興で計画を進めていくのに優れているんだ。(中略)前の晩に決まったことはすぐに変わる。(中略)だが結局はうまくいく。中国人は極めて柔軟なのだと一度理解すれば、自分が合わせる限りすべてうまくいく。
- Meyer (2014, 日本語版 pp.187-188)は、決断(意思決定)のスタイルにおける世界の違いを指摘しており(表5.1)、日本とアメリカ・アジアの違いもその枠組みで理解できます。
決断 | トップダウン型 | 合意形成型 |
---|---|---|
意思決定までの時間 | 意思決定権は個人に委ねられ、素早く決断される | 全員の意見を聞くため、かなり時間がかかる |
決断変更の可能性 | 新しい情報により、決断は気軽に修正されたり変更される | 決断は確たるもので変更されない |
決断後、実行にかかる時間 | 計画は絶えず修正され、かなりの時間がかかる | とても迅速に実行される |
この違いを理解し、「アメリカ人・アジア人は日本人リーダーが意思決定に時間をかけ過ぎるとイライラし、日本人はアメリカ人・アジア人リーダーが一度決めたことをすぐに覆すとイライラする47」というトラブルを回避する必要があります。
- この部分で、日本と比較的似ているのは世界でドイツ、ベルギーぐらいです(図5.1参照)。
出所)土方 (2021)
韓国は儒教の影響を受けており、中華圏と類似点が多いですが、相違点もいくつかあります。
権力格差は比較的高く、上下関係に厳しい(目上の人に対しての礼節を重んじる)です。
- 学歴社会であり、教育熱は東アジアで一番といわれます。
個人主義は低く、家族意識が強いです。
経営者が家族に占められることが多いため、社内昇進して経営者になることが少ないです。
労使が対立しやすく、労働運動が闘争的です。
不確実性回避の指標は高いものの、(社内昇進に限界があるため)独立して起業するケースがよくみられます。
キリスト教徒が多く、国民の1/4を占めます48。
5.1.2 政治システム・法制度
1945年の第2次世界大戦を経て、アジアの多くの国が日本・ヨーロッパから独立します。
- 独立後は、権威主義的体制のリーダーのもと経済発展が図られました(表5.2)。
国名 | 政党名 | 時代 | リーダー |
---|---|---|---|
中国 | 共産党 | 1949- | 毛沢東、鄧小平、習近平など |
台湾 | 国民党 | 1949-1996 | 蒋介石、蒋経国、李登輝 |
韓国 | 軍部出身者 | 1961-1987 | 朴正煕、全斗煥 |
シンガポール | 人民行動党 | 1965- | リー・クアンユー、リー・シェンロンなど |
強いリーダーシップ(独裁・専制政治)のもと推し進められた経済システムを「開発独裁」を呼びます。
- 経済発展達成という正の部分と、独裁(非民主的政治)という負の部分の両面があると評価されます。
韓国と台湾では経済発展が実現した後、政治も民主化が実現します。
韓国では1987年に、台湾では1996年に民主的な選挙により、国のリーダーが選出されました。
シンガポールでは権威主義的体制のリーダーが続いています。
社会主義国である中国は、1978年から鄧小平の主導により「改革開放」という経済政策が開始され、市場経済への移行が始まりました。
- これを「社会主義市場経済」と呼びます。
アジア各国の法体系は、植民地時代の宗主国の影響を大きく受けています。
- 日本がドイツ法(シビル・ロー)の影響を受けているため、中国・台湾・韓国もその傾向があります。シンガポールはイギリス法(コモン・ロー)の影響を大きく受けています。
アジアにおけるビジネスでは、関係性(relation)による強制(それがまとまったものが慣習)がより重要です。
歴史的に(清まで)政府は領土が広すぎて交通・通信手段が整備できず、法の執行力が不十分でした。
家族が最も信頼できる存在となります。
関係性に基づく強制が必要であり、現在でもビジネスにおいて関係性の構築は重要です。
5.1.3 経済システム
「開発独裁」により経済発展を遂げたアジアの4カ国(地域)韓国、台湾、香港、シンガポールは、かつて「新興工業国(NIEs)」と呼ばれました。
GDPを人口で割った1人当たりGDP(購買力平価基準)は、2021年のデータでは、日本を超えています(図5.2参照)。
中国は経済規模(名目GDP)で世界第2位(1位アメリカ、3位日本)ですが、人口が多いため1人当たりGDPはまだ少ないです。
出所)世界経済のネタ帳 (2021) から一部抜粋
「開発独裁」で採用された経済システムは、政府主導型です。
市場経済ですが、「5カ年計画」など政府関与(産業支援、保護)のもと経済が運営されました。
経済発展の達成とともに、「5カ年計画」などの実施は減少しています。経済の先頭に並び、計画のモデルがなくなってきたためです。
イギリスの植民地であった香港だけは例外(自由放任)で、中国大陸の玄関口という地の利を活かし自由貿易港として発展しました。
アジア各国は輸出主導により、経済発展に成功しました。
国内市場が小さいため、世界市場を見据えて大量生産(生産コスト低下)し、輸出することで、経済発展に成功しました。
中国も経済発展初期は国内市場規模が小さかったため、輸出で経済発展を図りました。
家族は最も信頼できる存在であり、家族経営によるビジネスが多いです。
韓国の財閥「チェボル」は、家族経営の企業が多角化し大企業グループとなりました。
経営陣の多くを創業者一族が占めるため、とくに韓国では労使対立が激しいです。
アジア各国は、銀行中心の金融システムです。
証券市場は存在しますが、資金調達の場として十分には活用されてきませんでした。
株式を上場すると支配権が分散するため、家族経営を維持したいオーナー経営者は証券市場における証券発行よりも銀行からの借入を好みました。
国有銀行からの資金調達も多かったです。政府が銀行を通じて(経済計画の担い手である)企業をコントロールするのに都合がよかったという側面もあります。
そのため、企業の負債比率が高く財務基盤は一般的に脆弱です。1997年のアジア通貨危機の一因となりました。
アジアの各国政府の財政は比較的健全です。
シンガポールや香港は税率を低くして、海外からの投資を呼び込んでいます。
財政支出も少ないですが、社会保障支出(福祉)が少ないためでもあります。福祉は家族によるが中心で、国による福祉はまだ限定的です。
今後、少子高齢化が進むと日本のように財政支出が増えることが予想されます。
参考文献
Meyer, E. (2014). The Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of Global Business. PublicAffairs.(日本語版 樋口武志(訳)・田岡恵(監訳)(2015)『異文化理解力』英治出版.)
倉沢美左 (2017)「「中国人、韓国人」と日本人が働きにくいワケ」東洋経済ONLINE
世界経済のネタ帳 (2021)「アジアの一人当たりの購買力平価GDP(USドル)ランキング」
土方奈美 (2021)「中国人やインド人が、すぐにちゃぶ台返しをする理由」日経ビジネス
寺西重郎 (2018)『日本型資本主義』中公新書2502.
他の国々との比較からあぶり出される日本文化の特徴やカルチャーマップの活かし方について、著者がインタビューに答えています。↩︎
「平等主義的」でありながら「トップダウン式」のアメリカ、「階層主義的」でありながら「合意志向」のドイツ、日本は例外です。↩︎