4.3 日本企業のマネジメント

  • 本節では、日本企業のマネジメントに関連する項目を整理します。

    • まず、日本企業の計画を整理します。

    • 次に、日本企業の組織化について、概要を整理します。

    • 次に、日本企業の指揮・調整について、概要を整理します。

    • 最後に、日本企業の統制について、概要を整理します。

4.3.1 計画

  • 日本企業は欧米企業と比べ長期計画は厳密でない一方、経営理念が強く働いています。

    • 経営者の任期が長くないため、(任期を超える)長期計画を策定するよりも、創業者の経営理念(ビジョン)で経営の方向性を示しています。

    • 短期・中期計画では、綿密な計画を立てます。

  • 欧米企業よりも、海外の動向に関する情報収集に熱心だとされています。

    • 旧財閥系の水平的系列では、総合商社を始めとしてグループ各社が国内外で収集した情報を社長会(図4.4参照)を通じて共有します。

    • 日本貿易振興会(JETRO)は、国際経済の調査や市場動向に関する情報を収集しています。中小企業は日本貿易振興会(JETRO)を通じてこれらの情報を入手でき、また海外進出について相談することができます。

  • 長期計画がないことや情報収集に熱心という特徴は、日本企業の強みにも関連します。

    • とくに高度経済成長期の日本製品は、欧米先進国の模倣でした。独特な製品や戦略がある企業は例外でした。

    • 日本製品が競争力を持ったのは、絶え間ないカイゼン1718(コスト削減・品質向上)、柔軟な生産体制、市場化への時間短縮によるものです。

    • つまり、差別化を生み出す戦略・長期計画よりも、海外市場動向(新製品)の情報収集や、コスト削減・品質向上を実現する短期の生産・販売計画に重心が置かれていました。

4.3.2 組織化

  • 日本の大企業の多くは事業部制をとっています。事業部を分社化し、経営本部が持株会社(〇〇ホールディングス)として子会社を統括する形態も増えています。

  • 日本企業の組織の特徴は、その柔軟性です。

    • 欧米のように「職務記述書」で「仕事」の内容、範囲、責任、権限などが規定されておらず、入社後数年ごとに人事ローテーションが行われます。

    • この人事ローテーションによって、社員誰もが複数の経験・スキルを身につけるようになります。製造現場で複数の工程を担当できる工員を「多能工」と呼びます。

    • 複数の経験・スキルを身につけていることから、社員は組織を越えて協力することができ、これが日本企業の強みにつながっています。

    • 協力の一方で責任も分担されるといったデメリットも生じます。

      • 柔軟な組織では役割分担が曖昧なため、「共同責任は無責任」となりがちです。
  • 垂直的系列におけるグループ各社は別法人ですが、グループ本社によって人事・財務・生産・技術の各分野で(あたかも1つの企業のように)調整が行われます。

    • グループ本社と各系列会社は技術面で綿密な連携をとり、共同で技術開発を行います。

    • グループ本社の売上が下がると、系列企業同士で取引価格の調整(という値下げ要求)が行われます。

  • 多角化は親会社の部門独立が多く、M&Aによる新規事業進出は少ないです。

    • 技術進歩のスピードが速いIT業界を中心に、M&Aによる新規事業進出も増えつつあります。

4.3.3 指揮・調整

  • 日本の特徴は、権力格差と個人主義が中程度であるということに関連します。

    • 日本的リーダーは、トップダウン式よりも合意志向の意思決定を行います。

      • 必要な資質としては、公正さ、寛大さ、慎重さ、冷静さが求められます。
    • 各人に拒否権が与えられているため、リーダーシップよりも和をみださないフォロアーシップがより重要となります。

      • 反対しない(されない)意見が通りやすく、リスクを取りにくいです。ときには誰も積極的に賛成していない(無難な)意見が通ることもあります。
    • 欧米企業に比べ意思決定は中央(経営陣)に集中しがちで、権限移譲は進んでいません。

      • 海外現地法人の経営も日本人であることが多く、かつ日本の本社の判断を仰ぐことがあります。
    • その一方で、意思決定においては幅広く意見を聞き、組織内メンバーの合意を求める傾向があります。

      • 会議の前には「根回し」と呼ばれる事前の打ち合わせが行われ、会議参加メンバーの意見が調整されます。よって会議において議論はほとんどなく、調整済みの案が承認されるだけです。

      • スケジュール調整の手間を省くため、会議を開くことなく、稟議書の回覧を通して関係者全員の承認を得ることがしばしば行われます。

      • 根回しや稟議といった合議制は、意思決定後は各部署所の協力がスムーズに得られるといったメリットがある一方、意思決定に時間がかかるというデメリットがあります。

    • 階層主義と合意志向の決定の組み合わせは、世界的にも例外的です(「Meyerのカルチャーマップ」の”リード”と”決断”)。

  • 次の特徴は、集団意識や働きすぎ=(高い男性性)と関連します。

    • 企業は利益追求(だけ)の主体ではなく、雇用を確保し社員の生活を向上させることを基本的目的としています。

      • 職位や生産性でなく年功で決まる(最初の10-20年)ほか、社宅、福利厚生、住宅購入補助のほか、結婚支援もあります。

      • これは終身雇用などの雇用形態と相俟って、集団意識の醸成につながっています。

    • 社員も仕事を単なる「自分の労働力の販売」とは考えず、組織のために働くという意識があります。

      • チーム全体のスキルアップのため、 OJTに限らず部下・後輩にスキルを指導します。

      • モチベーションは世界的にみて高い水準といえます。

    • より良いものを作る(成果を上げる)という意識は、働きすぎといった問題を引き起こすデメリットにつながります。

      • 早く帰ると仕事に熱心でないようにみえると考え、なかなか帰ることができないということがあります。(4.1.1の山岸・ブリントン(2018, p.68))

      • 恥を避けようとし、周囲を失望させないようにします。

  • 次の特徴は、不確実性回避が高いことと関連します。

    • 減点主義が多く、できないことに意識が向けられがちです。

      • 最悪の状況を前提とすることで、最悪の状況になるという不確実性は回避できます。
    • ほめられることが苦手です。ほめるとお世辞と聞こえ、それが不信につながることもあります。

  • 次の特徴は、高文脈社会のため個人間のコミュニケーションが間接・暗黙的だということです。

    • 社会的、文化的に同質的な日本人は、非言語的コミュニケーション(しぐさ・表情)から多くを読み取ります。

    • とくに相手が気分悪くするような内容は、相手の体面を保つように表現します。

      • 交渉時でも「NO」と言わないなどの不明瞭な意思表示によって、低文脈社会の人とのコミュニケーションではしばしば混乱が生じます19
    • 沈黙もコミュニケーションの手段となります。

      • 相手の会話にすぐには反応しない(沈黙する)と、日本人は「よく考えて対応している」と思う一方で、アメリカ人は「この人は質問の答えを知らないのか、質問の仕方が悪かったのかもしれない、あるいはなにか偽ろうとしている」と考えます20
    • 低文脈社会では文書でのコミュニケーションが必須なためメモが重要となりますが、それと比較すると日本では口頭での連絡が多い21とされています。

4.3.4 統制

  • アメリカ企業に比べ日本企業に対する株式市場を通じた外部統制は弱いです。

    • 「乗っ取り」と言われるように、買収に対するイメージがネガティブであることがあります。

    • また、経営陣が買収提案を受け入れる(敵対的でない)場合でも、「社員(=家族)を売る」というイメージがあります。

  • 買収が難しくなるように経営陣が採る方策として、企業同士が相互に相手を支配できる権利を超えない範囲で株式を相互で所有する「株式持ち合い」があります22

    • 株式持ち合いは歴史的経緯にもとづく水平的系列や取引関係にもとづく垂直的系列で多く見られますが、買収防止目的(のほかに理由が見えない)の持ち合いも指摘されています(図4.17参照)。

    • 買収防止目的の持ち合いは、経営者の保身以外に経済合理性を持たないため、近年では減少の方向にあります(図4.18参照)。

持ち合い関係

図 4.17: 持ち合い関係

出所)日本経済新聞23

所有者別の持ち株比率の推移

図 4.18: 所有者別の持ち株比率の推移

出所)リベラルアーツガイド (2020b)

注)元資料は、伊藤正晴(2011)「株式持ち合いの変遷と展望」『金融』(772)17頁

  • 他方、取締役会による内部統制も十分に機能しているとはいえません。

    • 本来、株式会社では、株主に代わって取締役が経営者によるマネジメントが適切に行われているかを監視し統制します。

    • しかし、日本の経営者は、株主のほかに社員や取引先なども配慮して経営を行います。

    • そのため、収益性が低い企業が欧米に比べて多いです(図4.19参照)。

ROEの国際比較(2012年)

図 4.19: ROEの国際比較(2012年)

出所)中野 (2016)

注)元資料は、経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト(2014)

  • また終身雇用(計画的な人事ローテーション)のため、人事部が重要な役割を果たすことになり、人事部長が役員になることがあります。

  • 日本企業で有効に機能していると考えられるのは、生産・営業面での統制(他社との競争)です。

    • 日本企業は株主からの利益(率)向上要求が小さいため、短期的な利益よりも長期的な利益拡大を目指す傾向があります。

      • そのため、まず市場シェアを獲得することを目的に、販売価格を下げようとします。それを実現するために、絶え間なくコスト(製造原価)低減に取り組みます。
    • カンバン(Just-In-Time)方式は、取引先との連絡を緊密にして、工程間に滞留する仕掛品や在庫を削減することで生産コストを削減して効率的に生産するとともに、品質と納期を保証するものです。

    • カイゼンは、工場の生産現場の作業効率や安全性の確保を見直す活動のことで、現場の作業者が中心となり知恵を出し合うことで問題を解決する点に特徴があります。

参考文献

Edfelt, Ralph B. (2010). Global Comparative Management. SAGE.

[Gigazine (2021)「「沈黙」の意味は文化によって違う、さまざまな文化における沈黙の使い方とは?」(https://gigazine.net/news/20210723-cultural-implications-silence/)

Meyer, E. (2014). The Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of Global Business. PublicAffairs.(日本語版 樋口武志(訳)・田岡恵(監訳)(2015)『異文化理解力』英治出版.)

岡内彩 (2017)「意外と知らない、トヨタの「カイゼン」の本質」東洋経済ONLINE

[経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト(2014)「最終報告書(伊藤レポート)」(https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/pdf/itoreport.pdf)

中野誠 (2016)「なぜ、日本企業の利益率は低いのか?」日経BizGate

リベラルアーツガイド (2020b)「【株式持ち合いとは】メリット・解消された経緯をわかりやすく解説」


  1. カイゼン(改善)といった企業内活動は英語圏にないため、kaizenと英語になっています。ロングマン現代英英辞典↩︎

  2. カイゼンについては、岡内 (2017)などを参考にしてください。↩︎

  3. Edfelt (2010, p.18)によると、日本人の「NO」に当たる「それは難しいですね」を英語に直訳すると”That would be very hard to do.” となりますが、これは典型的なアメリカ人にとって”Some adjustments are necessary, but the idea is still possible.(いくつかの調整が必要ですが、そのアイデアはまだ可能です。)“と理解されます。↩︎

  4. 沈黙の文化的違いについては、Gigazine (2021)などを参考にしてください。  ↩︎

  5. メールやチャットの普及により、日本でも口頭連絡は減ってきました。↩︎

  6. A社(資本金8億円)が新たに株式(2億円)を発行しB社が出資すると、B社はA社の株式を20%保有することになります。その一方で、B社(資本金8億円)が新たに株式(2億円)を発行しA社が出資すると、A社はB社の株式を20%保有することになります。2億円はB社→A社→B社と渡るため、実質的に資金を使うことなく買収を難しくすることができます。↩︎

  7. 日本経済新聞朝刊 2019年9月6日「持ち合い株、見えぬ意義」↩︎