6.2 構造変化と景気循環

6.2.1 成長と発展

  • 妹尾 (2009)は、成長と発展の違いについて次のように指摘しています。
表 6.1: 成長と発展の違い
概念 内容 活動 説明
成長(growth) 既存モデルの洗練・磨き上げによる量的拡大 改善(improvement) モデルをより効果的・効率的に運用し、生産性を向上
発展(development) 新規モデルへの不連続的移行 革新(innovation) 新規性・進歩性に富むモデルを創出し、それを普及・定着させる

6.2.2 金融システムとイノベーション

  • 池尾 (2003)は、金融システムのあり方を次のように整理しています。

    • 金融システムのあり方は大別すると、相対(あいたい)型の金融が支配的であるような金融システムの国と、逆に市場型の金融が支配的であるような金融システムの国の2つに、分けることができます(表6.2)。

    • どこの国でも両方の金融取引のやり方を併用しているのが一般的であって、よほど金融システムが未発達の国を除けば、相対型の金融もあるし、市場型の金融もあるというのが一般的です。

    • 日本の金融システムやヨーロッパ大陸諸国、ドイツやフランスの金融システムなどは、相対型の金融が支配的な金融システムです。それに対してイギリスやアメリカの金融システムというのは市場型の金融が支配的なシステムです。

    • 相対型の金融というのは基本的には関係を大事にする、関係ベースの金融というふうに言い換えてもいいです。関係ベースの金融、関係を大事にするような取引の仕方をしている場合には、一時的に取引相手の状況が悪くなったからといって、さっさと取引を手仕舞ってしまうというのは決して賢明ではないです。一時的な業績悪化があっても関係を維持してやるというのは、通常は時間を通じてリスクを分散させる、平準化を行うという働きになり、これは本来的には望ましい機能というか、望ましい特性なのです。

    • 市場型の金融だとさっさと手仕舞ってしまうようなことが多いのですが、そういう場合には時間を通じてリスクをプールする、時間を通じてリスクを分散させるというようなことがむしろできないわけですから、欠点なわけです。

    • 関係型の金融の方がそういうところでは普段はいいのですが、何か大きな構造的な変化が起こるというふうな局面を迎えると、その望ましいはずの特性が裏目に出てしまうということがあります。

    • 本当に構造的な変化が起こっているということが認識されるには遅れが伴いますから、すぐに一時的か構造的かというのが識別がつかないことが多いのです。構造的な変化が起こっているような状況だと、1回ごとに取引を手仕舞うような形でやる市場型の金融が中心の方が、結果としては調整が早く進んでいいという話になるわけです。

    • あらゆる場合に相対型の金融がよくなくて、市場型の金融がいいなんていう話ではなく、状況によってそれぞれが非常にうまくいったりうまくいかなかったりするというところがあります。大きな変化が起こっているような状況では、あまり関係を大事にし過ぎると、変化にうまく対応ができないという問題が起きるということです。

表 6.2: 金融システムの2類型
類型 概要
相対型金融システム 銀行貸出に代表されるような、借り手と貸し手が相対して取引をするような形の取引のやり方
市場型金融システム 上場株式の流通取引に代表されるようなマーケットベースの取引のやり方
  • 池尾 (2003)は、金融システムとイノベーションとの関係について次のように指摘しています。

    • イノベーションとの関係を考えた際に、本当に新しいものが出てくるときには、社会の中で意見の分裂が起こるのは当然である。逆にいうと、社会の意見が一致する、コンセンサスが成り立ちやすいものというのは、ある程度確立されたものということになる。

    • 本当に新しいものが出てこなければいけないような状況に直面したときには、ある特定の人に判断を任せてしまうと、失敗するリスクが高まる。つまり、採用すべきものを採用しないで闇に葬ってしまうというリスクが高まるということが考えられる。

    • 本当に新しいものが出てくることが必要な局面では、何人もの人が評価をするという--いろいろな人が、いろいろなバックグランドというか、価値観とか判断能力の違いを持った人が何度も評価をするという--繰り返しの評価が受けられるような状況6がないといけないのです。ある程度確立して出来上がったものを評価するのだったら、誰か優秀なベテランの審査マン1人の判断7をゆだねればいいです。新しいものが出てくるときにはそういうわけにはいかないのです。

    • そういうことを考えますと、イノベーションなどの局面が今どんな局面にあるのか、本当に新しいものが出てくるような突破局面8にあるのか、それともある程度技術が普及過程に入っているのか、ということによって、資金提供等についての判断をするやり方についても変えた方がいいです。普及局面9においては銀行や生命保険会社の優秀なベテランの審査マンに任せておけばいいのですが、本当に新しいものが出てくることを求めている局面だと、もう少し市場型の金融の手法を使うということが必要になるということが言えます。

参考文献

池尾和人 (2003)「21 世紀の金融システムはどのように進化すべきか」2003 年度 ニッセイ基礎研シンポジウム基調講演.

妹尾堅一郎 (2009)『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』ダイヤモンド社.


  1. 市場型の金融システムを意味しています。↩︎

  2. 相対型の金融システムを意味しています。↩︎

  3. 妹尾 (2009)の「発展(development)」に相当します。↩︎

  4. 妹尾 (2009)の「成長(growth)」に相当します。↩︎