3.1 アメリカの文化・政治・経済
本節では、アメリカ企業経営の外部要因として、アメリカの文化・政治・経済を確認します。
まず、文化を整理します。
次に、政治システム・法制度を整理します。
最後に、経済システムを整理します。
3.1.1 文化
3.1.1.1 歴史
1776年にイギリスからの独立を宣言し、アメリカ合衆国が建国されました1(イギリスが独立を認めたのは1783年のパリ条約)。国としての歴史は250年程度です。
1492年にコロンブスが北アメリカ大陸を発見します。16世紀になると、イギリス、フランス、オランダ、スウェーデンなどが植民地を建設します。
1620年にイギリスの清教徒(ピューリタン)2がメイフラワー号でアメリカに移民します。
その後、領土はイギリス、フランス、スペイン、メキシコなどから割譲あるいは併合し拡大し、1840年代には西海岸に到達しました。
人種構成は多様ですが、初期の移民の文化の影響が強いです。
Weber(1905)3は「プロテスタンティズムの倫理4が、近代資本主義の成立について精神的側面から影響を及ぼした」と主張しました。
清教徒(ピューリタン)など初期の移民が重視したのは個人の「自由」と神の前の「平等」であり、「フロンティア(開拓者)精神」です。ただし、当初の平等はキリスト教徒の白人男性が対象で、女性や黒人奴隷、先住民は含まれていませんでした(船津靖 “「自由・平等・フロンティア精神」アメリカ人が最も大切にするもの”)。
平等は時代を経て達成されていきますが、アメリカ社会における「プロテスタント系キリスト教徒のアングロサクソン系白人(WASP: White Anglo Saxon Protestant)」の影響力は依然として大きいです。
- WASPでない大統領は、ケネディ大統領、オバマ大統領の2人だけです。
- WASPでない大統領は、ケネディ大統領、オバマ大統領の2人だけです。
移民(アジア系、ヒスパニックなど)の増加と白人と非白人の出生率の差によって、2010年から2020年までの人口変化において、白人が減り、他の人種が増加しました(図3.1参照)。この傾向は継続し、人種構成において白人の割合は低下すると予想されています(表3.1参照)。
- 影響力の低下に不満を持つ白人が、トランプ(元)大統領の支持層となりました。
出所)BUSINESS INSIDER JAPAN “史上初、アメリカで白人の人口が減った—— 2020年国勢調査”
年 | 白人 | ヒスパニック | 黒人 | アジア | その他 |
---|---|---|---|---|---|
2014年 | 62.2% | 17.4% | 12.4% | 5.2% | 2.9% |
2060年 | 43.6% | 28.6% | 13.0% | 9.1% | 5.7% |
3.1.1.2 Hofstedeの指標
権力格差の指標は40で、低いほうに分類されます。
上下関係は目的を果たすために必要な便宜的なものと捉えられます。社会的地位が高くても、人として平等と考えます。
警察、軍隊などはっきりとした階級がある組織は例外ですが、民間企業ではファーストネームで呼び合うなど、役職で呼ぶことは少ないです。
意思決定に関しては迅速さが求められる(短期志向:26)ため、民間企業でもトップダウン型です(「Meyerのカルチャーマップ」の”決断”)。
個人主義の指標は91で、世界的にみても高いです。
個人の権利、自由、責任を強調し、ユニークさが尊重されます。
労働者と企業は雇用契約書に職務(業務内容)を明記し、契約を結びます。
労働者は企業に労働力という商品を売ると考えます。その価値を高めるために、経理、営業、マーケティング、広告といった専門能力を教育を通じ高めようとします。
労働力は商品であるため、高く売れるところにすぐに移動する(転職が多い)傾向があります。
男性性の指標は62で、高いほうに分類されます。
出所)The Economist “Iceland leads the way to women’s equality in the workplace”
不確実性回避の指標は46で、低いほうに分類されます。
開拓者として成功するためには誰よりも早く未開地に着くことが何より重要で、そのうえで大切なスピードを追求する過程でのある程度の失敗はやむを得ないとの考えが、今でも残っています。(Meyer. (2014, 日本語版 pp.186-187))
起業し倒産することが「取り返しのつかない失敗」とはならないため、ベンチャー企業が多く誕生しています。
長期志向の指標は26で、世界的にみても低いです。すなわち短期指向です。
不確実性回避と同様に、開拓者精神から短期的利益を追求し、時間にも厳しいです。
初対面の相手に親しく(柔らかく)接することが多く、笑顔を絶やさず、すぐにファーストネームで呼び始めたりします。(Meyer. (2014, 日本語版 p.217))
ただし、このように友好的に振舞うことは素早くビジネスを始めるためのスキルであり、長く続く友情に発展するとは限りません。
長すぎる議論を嫌い、決断はいつでも修正できるとの考えのもと、不十分な情報に基づくものであっても6素早く決断を下すことを好みます。
- 感情的信頼を築くのに何時間もかけるのは時間の無駄遣いに感じる(Meyer. (2014, 日本語版 p.227))一方で、公私混同しないために仕事上の相手とは意図的に個人的な関係を築かないようにすることがプロフェッショナルであると考えます。(Meyer. (2014, 日本語版 pp.210-211))
山岸(1999, p.26)によると、質問紙調査で「アメリカ人は日本人よりもずっと、他者一般に対する信頼感が強い」という結果が出ています。
充足志向は68で、高いほうに分類されます。
不確実性回避の指標が低いことや短期志向と関連しています。
人前では喜びや楽観主義を表に出すと期待されています。
アメリカは世界で最も低文脈な社会です。(Meyer. (2014, 日本語版 p.59))
国民は世界各国からの移民で構成されています。移民はそれぞれ別々の歴史、別々の言葉、別々のバックグラウンドを持っています。
- 建国以来の歴史も短いため、共有する文脈が少なくなります。
メッセージを伝える際は曖昧さや誤解が生じる余地をなくして、できるだけはっきりと明快に伝えることが、コミュニケーションの基本になります。
3.1.2 政治システム・法制度
アメリカは民主主義国家であり、三権分立が確立しているため、政治は安定しています。
- ジャーナリズムが独立しており、政治家や企業の不正は厳しく追及されます。
アメリカではさまざまな価値観が認められますが、政党としては「保守」系の共和党と「リベラル」系の民主党の二大政党に概ね集約されます(図3.3)。
- 二大政党の間で政権交代が繰り返されています。大統領は1期4年で、再選されると2期8年まで可能です。
大統領選においては各党の候補者選びから1年をかけて討論を重ねるため、将来実施されるであろう政策も予想が立ち(またある程度の政策の継続性も期待でき)ます。
- 政権交代があっても「政策の予測可能性」が高いことから、企業は長期(5〜10年)の経営・設備投資計画が立てやすくなります。
自由競争を重んじるため、経済に対する政府関与の度合いは他国に比べ低いです。
- 自由競争を阻害する独占や寡占を禁止する独占禁止法(反トラスト法)により、スタンダード・オイルやAT&Tなど巨大企業が分割されたこともあります8。
3.1.3 経済システム
アメリカ経済の特徴は、経済的自由の高さです。
経済規模は世界一であり、数多くの外国企業が参入してきます。
起業、買収・合併(M&A)、倒産が頻繁に起こるなど、市場競争が厳しいです。
- 起業が多いのは、不確実性回避の指標が低いことが背景にあります。
高い経済的自由の背景として、柔軟な労働市場の存在が挙げられます。
不景気で労働力に余剰が生まれたとき、容易にレイオフ(一時解雇)9を行うことができます。
- 日本ではレイオフではなく、雇用を確保した上で時短が行われることが多いです(図3.4)。
不景気のときに容易にレイオフできることから、企業は好景気で人手不足になったときは採用を積極的に行います。
- これを労働市場の流動性が高いといいます。
レイオフされた労働者は再雇用を待たなくても、(レイオフされた企業よりも業績がいい=賃金水準の高い)他社に比較的容易に再就職できます。
アメリカの労働者は専門性を持っていて、職種ごとに採用されるため、転職先の仕事を学びなおす必要がありません。
- 労働市場の流動性が高いことは、労働者にとって決してマイナスとはいえないことになります。
経済全体から見ても、不況業種から好況業種へ労働力が移動するというプラスの効果があります。
高い経済的自由の背景として、発達した金融市場の存在が挙げられます。
証券市場が発達していて、他国と比較して企業は証券市場から多く資金を調達します。
起業する場合でも、ベンチャーキャピタル10からの資金調達が可能です。
- 借入(負債)でなく、株式(資本)での資金調達が多いため、倒産したときのリスクは起業家ではなく、投資家が負担することになります。
金融制度の面からも、倒産からの再チャレンジが容易となっています。
- 不確実性回避の指標が低いのも、文化的要因だけでなく社会制度にも起因するものと考えられます。
経済への政府関与は低いです。経済規模に比べ政府支出は少なく、国営企業も少ないです。
年金や健康保険といった社会保障は、他国に比べ民間部門が担う部分が大きいです。
アメリカでは一部を除き、基本的に健康保険(医療保険)は個人で民間保険に加入します。
アメリカの医療費は高いことで有名で、盲腸の手術で150~440万円するとされます(日本医師会 “アメリカは医療格差社会”)。
健康保険は給与の一部として支給されることも多い一方、失業すると収入だけでなく健康保険も失うことになるので、影響が大きいです。
アメリカ社会では、機会の平等は高く求められます。
- 人種や性別、民族などによる社会的差別を改善し、雇用や教育などにおいて採られる優遇措置をアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)といいます。
その一方で、家計の所得・資産の不平等は大きいです(結果の不平等)。
上位1%の人たちの所得は1981年に全体の8.2%でしたが、2012年には倍以上の20%に高まっています(図3.5)。その一方で、所得が最も少ない10%の層の人たちの収入は、2000年から2008年の間に実質で10%減少しました(櫨 (2015))。
アファーマティブ・アクションによっても、人種間の所得・資産格差は存在し続けています。2019年の典型的な非ヒスパニック系白人世帯の純資産は、非ヒスパニック系黒人世帯の約8倍でした(CNN.co.jp (2021))。
出所)櫨 (2015)
参考文献
CNN.co.jp (2021)「4つのグラフから見る 米国の黒人と白人の格差」
Meyer, E. (2014). The Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of Global Business. PublicAffairs.(日本語版 樋口武志(訳)・田岡恵(監訳)(2015)『異文化理解力』英治出版.)
Weber, Max (1905). Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus. (日本語版 大塚久雄(訳)(1989)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫.)
櫨浩一 (2015)「巻き起こる格差議論-ピケティ「21世紀の資本」の意味」基礎研REPORT 2015年4月号
山岸俊男 (1999)『安心社会から信頼社会へ』中公新書1479.
NHK for School “アメリカの移民と開拓”にある動画を参照してください。↩︎
清教徒(ピューリタン)は、イギリスにおけるプロテスタントの一派です。当時、神父など聖職者の権威が強かったカトリックに対し、宗教革命がヨーロッパ各地で起こっていました。↩︎
Weber(1905)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』については、平原卓 “ヴェーバー『プロ倫』を超コンパクトに要約する”を参照してください。↩︎
アメリカ建国の父の1人で100ドル札の肖像にもなっているベンジャミン・フランクリン(1706-1790)は、その実践者の代表的存在です。「フランクリンの十三徳」については、人事部長の教養100冊 “「フランクリン自伝」B・フランクリン”を参照してください。↩︎
女性やマイノリティが白人男性と同等の業績を出していても、上級管理職やトップの地位には昇進させないようにする企業や組織内の見えない障壁のことを指します。↩︎
不確実性回避の指標が低いことと関連しています。↩︎
大学で使用する経営学の教科書も日本に比べ厚いものが多いです。↩︎
グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンなどのIT企業も、その対象として検討されたことがあります(NHK(2020b))。↩︎
業績が回復するまでの期間中、労働者を一時的に解雇することです。長年培ってきた労働者の経験やスキル、ノウハウを維持する目的から、基本的に勤続年数の短い労働者からレイオフされ、再雇用のときは長く働いている労働者から雇用されます。↩︎
未上場時に投資を行って、投資先の企業が上場や成長した後に株式を売却もしくは事業を売却して、キャピタルゲイン(当初の投資額と株式公開後の売却額との差額)を得ることで収益を得る企業です。↩︎