4.1 日本の文化・政治・経済
本節では、日本企業経営の外部要因として、日本の文化・政治・経済を確認します。
まず、文化を整理します。
次に、政治システム・法制度を整理します。
最後に、経済システムを整理します。
4.1.1 文化
4.1.1.1 仏教の影響
日本には神道がありましたが、6世紀に儒教や仏教が伝来します。
- 儒教は中国から、仏教はインドから中国に伝来したものが日本に伝えられましたが、日本人は国情に合わせて取捨選択し、それぞれを融合させたといえます。
仏教も奈良仏教(華厳宗など)、平安仏教(真言宗、天台宗)、鎌倉(新)仏教(浄土宗、浄土真宗、日蓮宗など)というように、時代によって特徴があります。
奈良仏教が鎮護国家仏教、平安仏教が貴族仏教の側面が強かったのに対し、鎌倉(新)仏教は庶民の仏教という側面がありました。
鎌倉(新)仏教は厳しい修業を必要としない「易行(念仏、坐禅など)」が特徴です。これによって、庶民でも「救われる」とされました。
寺西(2018, p.68)は以下のように、日本型資本主義における鎌倉新仏教の易行化の意義を論じています。
人々は日常生活を規律正しく送り、職場や家庭において日々念仏を唱えながら、悟りを得るために自分の職業生活や日々の日常生活を充実させることに心を砕くことになった。このことが、それぞれの職業などの勤めを悟りへの道として精進するという職業的求道主義をもたらした
特定の価値観に合わせて社会システム(政治・経済)が一度形成されると、人々は行動をそれに適合させようとします。時代が流れて価値観が薄れたとしても、社会システムは簡単には変化しません(寺西(2018, p.14))。
西洋におけるWeber(1905)の「プロテスタンティズムの倫理が、近代資本主義の成立について精神的側面から影響を及ぼした」との比較で、理解できます。(アメリカ文化の「歴史」)
日本は自らに課した目標に向かって「道を極めていく」という傾向が顕著なため、世界的にみても男性性の高い国ですが、この易行化による職業的求道主義(一芸に秀でる)と関係していると理解できます。( Hofstedeの国民文化比較の「女性性⇔男性性」)
4.1.1.2 儒教の影響
儒教が日本に伝来したのは仏教よりも古いとされますが、その後仏教が盛んになったことから、儒教はあまり盛んではありませんでした(遠山(2015))。
江戸時代になると、「朱子学」が幕府によって封建支配秩序(幕藩体制や士農工商)の安定のための思想として採用されました。また「陽明学」は、近江商法など商人の世界に大きな影響を与えました。
明治時代に入ると、教育勅語など儒教の忠孝思想が取り入れられ、奨励されました。戦後、学校教育から儒教思想は姿を消し、国語の漢文において教材として利用されています。
儒教的価値観は中国や韓国と共通するものですが、日本人が歴史の中で取捨選択して(解釈して)きたものなので、全く同じものではない点には注意が必要です。すなわち、Hofstedeの指標にも違いがあります。
儒教的価値観には、集団主義、序列、秩序、法への順守、権力への服従、調和の重視、教育への敬意などがあります。
序列意識が強く、組織の格付・ランキングを気にします。東大・京大を頂点とする偏差値ランキングが最たるものです。また、大企業が中小企業よりステータスが高い傾向があります。
- 学歴が重視されるため、受験勉強激しく、小さい頃から学習塾に通います。有名大学が有名企業への就職につながると考えられています。企業も成績や専攻よりも大学名を見る傾向にあります。
集団内の他人からどう見られるかが重要で、恥を避けようと行動します1。
- 西洋人(キリスト教徒)は(宗教的)罪(sin)を避けようと行動します。
問題解決時に対立(裁判)を避けようとする傾向にあります。
集団における「関係性(relation)による強制」が機能しているといえます。(法制度)
国民1人あたり弁護士数は先進国で最も少ないです。
4.1.1.3 Hofstedeの指標
権力格差は54で中程度、世界的にみても中間に位置します。
- 大企業は階層主義的(高い権力格差の傾向)ですが、その一方で企業の意思決定は合意志向(低い権力格差の傾向)のため、権力格差は中程度になったと考えられます。
個人主義は46で中程度、世界的にみても中間に位置します。
集団主義(=個人主義の指標が低い)アジア各国と比較すると、日本は個人主義といえます。
- アジア各国とは「家族優先」でない点が異なります。
欧米各国と比較すると、日本は集団主義といえます。
日本人の集団意識は、家族より大きい集団(企業など)で形成されています。
大企業男性社員はほぼ終身雇用であることから、会社員は自分を(職種よりも)勤務する会社で認識しようとします。
就職(経理、営業、マーケティング、広告担当として採用される)というより、就社(担当業務は未定のまま入社する)といえます。
- アメリカでは、企業とは雇用契約を結ぶ(仕事が特定される)ことから、個人の成果が重視され、転職も多いといえます。
企業も「系列・グループ」という形での集団が見られます。
山岸・ブリントン(2018, p.68)は以下のように、日本人は元来個人主義的であるとし、集団主義的行動をとるのは「周囲に合わせることが経済合理的(その方がメリットがある)であるから」と論じています。
日本人の多くは、自分は集団主義的ではなくどちらかといえば個人主義的だと思ってるし、集団主義的な生き方よりも個人主義的な生き方のほうが望ましいと思っている。だけど他の人たちは自分とは違って集団主義的な生き方を好ましいと思っていて、だから個人主義的な行動をとるとそうした人たちから悪く思われてしまうと思い込んでいる。
男性性は95と高く世界的にみても高い位置にあります。
長時間労働が広く一般に見られることから、仕事中毒が男性性の高さとして表れています。
仕事に熱心に取り組む姿勢、とくに製造業において高性能な製品を作りこむのは、職業的求道主義に由来しているといえます。
その一方で、(サービス)残業が多いのは、「雇用が保障されるのと引き換えに、会社の都合で職務・勤務時間・場所が指定される」終身雇用という働き方2によるものです。
不確実性回避は92と世界的にみても高い位置にあります。
安定・継続を好み、リスクや変化に不安を感じます。
地震や台風など、自然災害(という不確実性)が多い国であるという面もあります。
山岸・ブリントン (2010, pp.146-147)は以下のように、「集団主義的行動をとらざるをえない社会であるからで、セカンドチャンスの整備が必要である」と論じています。
終身雇用で定年まで働くことが生涯収入の面で有利であることが多いので、転職や起業独立のハードルは高くなっています。その意味で、セカンドチャンスが少ないといえます。
個人主義の社会では個人の能力によって信頼が得られるので、(ビジネス)ネットワークへの出入りが容易になります。(法制度)
生き方と社会のあり方はやっぱり切り離せなくて、嫌われたっていいじゃないかと思えるためには、ほんとうに嫌われても困らないような環境が必要。つまりセカンドチャンスがないとダメ。ぼくが言いたいのは、いろんなオプションがないと、ともかくリスクを避けようというふうにしか行動できない。人間関係にしても、仕事や他のことを決定することに関してもそうだと思う。
長期指向は88と世界的にみても高い位置にあります。
長期的関係を重視するのは、集団から離れて行動することが不利になる社会であると解釈できます。
ビジネスの面では、一度信頼を得て長期的関係ができると、その後の取引がスムーズになる(再度交渉する必要がない)というメリットがあります。
- アメリカ人は取引の都度交渉する必要があるので、初対面の相手と素早く関係を構築するスキルを身につけているといえます。(Hofstedeの国民文化比較の「長期志向」)
充足(抑制)志向は42で、やや抑制的な傾向があります。
- 感情(喜び、悲しみ)は人前で出さない(方がいいと考える)傾向があります。
日本は世界で最も高文脈な社会です。(Meyer. (2014, 日本語版 p.59))
国民は文化の共通性が高いため、共有する文脈が多いです。
相手に「察してもらう」ことでコミュニケーションをとるときがあります。
4.1.2 政治システム・法制度
1955年に日本民主党と自由党が合同し、自由民主党(自民党)が誕生し約2/3の議席を、その他の政党が1/3を占めるようになりました(図4.1参照)。これを「55年体制」といいます。
- 選挙の結果、民主主義国家だが、(事実上の)一党の長期政権となっています。
首相や議会の力は他国よりも弱く、官僚が強い力を持っています。
法案はほとんどを官僚が作成し、議員立法3は少ないです。
官僚は所属する省庁単位で物事を考える「縦割り行政」と批判されることがあり、安倍政権では「官邸主導」として、その弊害をなくそうとしました。
出所)Wikipedia
政府(≒自民党)、官僚、財界(経団連等)が、政策の(事前)調整を行う構造を「政官財トライアングル」といいます。(図4.2参照)
官僚、財界は人の入れ替わりがあっても、組織は永続的です。政府は政権交代があるため本来永続的ではありませんが、自民党の長期政権であったため、官僚、財界とともに長期的な関係を築くことができました4。
政府、官僚、財界はそれぞれ「持ちつ持たれつ」の関係です。
企業は同じ産業の企業が集まり、業界団体を構成します。
省庁には局(企業の部に相当)やその下に課が存在し、産業ごとに担当する部署を原課・原局といいます。
自民党にも産業ごとに政策部会があり、「族議員」と呼ばれます。
政府は永田町、官僚は霞が関、企業は丸の内・大手町にあり、すぐに会える距離にあります。
高級官僚は退職する際に所管する業界の企業に再就職し、「政官財トライアングル」の連絡係として機能しました。
- この再就職は「天下り」と呼ばれますが、現在、「天下り」は法律で禁止されています。
出所)政治経済塾 (2017)
契約書は「最低限のことだけ決めておいて、それ以外(想定外のこと)は互いが協調して話し合いで決めよう」と、簡潔に記載されることが多いです。
最後の方の条項で、「本契約の規定に関する疑義又はこれらの規定に定めのない事項については、甲乙誠意をもって協議の上、解決するものとする。」のような条文が付いている場合が多くあります。
このような条項を「誠実協議条項」5といいます。法的には意味がないと考えられるのですが、法制度だけでなく関係性による強制力が機能する長期的関係が背景にあることを示唆する項目といえます。
4.1.3 経済システム
日本の経済システムは、政府主導型でした。
政官財トライアングルで調整された政策によって、(繊維産業や電機産業など時代によって変化させた)ターゲット産業を中心に経済成長を図るものです。
政府(経済企画庁)が策定した計画にもとづき、通商産業省(現在の経済産業省)が各産業の振興(また円滑な縮小)を目的に策定する政策を産業政策といいます6。
産業政策には(関税など)保護貿易、研究開発等への補助金、資金調達の援助などが含まれます。
日本企業の特徴は「系列7」です。日本の高い長期志向(長期的関係)の典型例です。
系列は、個々の企業は独立しているものの、緊密な関係(資本、人事、技術、取引)にある企業群を指します。
市場経済の(独立した)各企業よりも近い関係にあるが、単一の企業よりも緩やかな関係です。
系列には水平的系列と垂直的系列の2種類があります。
水平的系列は、多角化した(戦前の)財閥系(三菱、三井、住友等)企業が、戦後に銀行を中心にまとまったものです。(図4.3参照)
グループ内の銀行が融資を行う、グループ企業が相互に株式を持ち合って買収を妨げる、毎月社長が会合を持って情報交換するといった特徴があります。
注)元資料は、菊池浩之(2017)『三井・三菱・住友・芙蓉・三和・一勧 日本の六大企業集団』KADOKAWA 23頁
垂直的系列は、大企業が部品を供給する関係会社をまとめた(日立、松下→パナソニック、トヨタ等)ものです。
親会社が子会社を、子会社が孫会社の株式を保有する構造になります。
水平的系列の各企業も垂直的系列をもっています(例:三菱重工業が三菱重工業グループを形成)。
日立製作所のCMは日立グループの紹介になっています。
日本経済は、効率的な部門と非効率な部門が存在する二重構造になっています。
- 国内向けサービス業(通信・小売・金融)や農業が非効率で国際競争力が低い一方で、輸出向け製造業(自動車、電機、機械)は国際競争力が高く、世界的大企業もあります。
バブル経済の絶頂期には日本企業は銀行業が巨大化し世界時価総額ランキングの上位を多く占めていましたが、現在では上位50社にトヨタ自動車がランクされるのみです。(図4.6参照)
労働組合は企業別労働組合で、労使がよく協調する点が特徴です。
戦後、労働運動が激しい時期がありましたが、1970年代以降激しい対立は少なくなりました。
労働争議で失われる時間は先進国のなかで最少となっています。(図4.7参照)
参考文献
Meyer, E. (2014). The Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of Global Business. PublicAffairs.(日本語版 樋口武志(訳)・田岡恵(監訳)(2015)『異文化理解力』英治出版.)
STARTUP DB (2019)「平成最後の時価総額ランキング。日本と世界その差を生んだ30年とは?」
Weber, Max (1905). Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus. (日本語版 大塚久雄(訳)(1989)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波文庫.)
U-NOTE編集部 (2021) 「どちらが美徳?日本人に根づく「恥の文化」と諸外国の「罪の文化」」
公正取引委員会 (1995)『平成6年度 公正取引委員会年次報告』
公正取引委員会 (1999)『平成10年度 公正取引委員会年次報告』
総務の森 (2010) 「契約書の基礎知識 誠実協議条項とは」
寺西重郎 (2018)『日本型資本主義』中公新書2502.
遠山茂 (2015)「儒教思想の日本への影響」在青島日本国総領事館
山岸俊男・ブリントン,メアリー・C (2010)『リスクに背を向ける日本人』講談社現代新書2073.
ルース・ベネディクト(1946)『菊と刀』による指摘が有名です。関心のある人はU-NOTE編集部 (2021)を参照してください。↩︎
サラリーマンと専業主婦という男女の役割分担を前提とした働き方であり、社会環境が変化した現代には適合せず各所で問題が見られます。↩︎
英語で議員はlawmakerといいます。↩︎
「政官財トライアングル」の是非はさておき、政権交代によりこの「政官財トライアングル」は一時機能停止したといえます。 ↩︎
関心のある人は総務の森 (2010)を参照してください。↩︎
財政政策や金融政策が経済全体に影響を及ぼすのに対し、産業政策は特定の産業にのみ影響を与えるものです。↩︎
系列といった企業集団は英語圏にないため、keiretsuと英語になっています。ロングマン現代英英辞典↩︎