6.1 Meyerのカルチャーマップ

― Meyer (2014)は、ビジネスコミュニケーションに文化の違いがどう影響するかを分析して可視化した「カルチャーマップ」を開発しました1

Mayorのカルチャー・マップの8指標

図 6.1: Mayorのカルチャー・マップの8指標

出所)金沢大学先端科学・社会共創推進機構 “ベンチャー・ビジネス・ラボラトリ 124.企業文化と国民性”

6.1.1 コミュニケーション(ローコンテクスト⇔ハイコンテクスト)

  • アングロサクソンの言語群がローコンテクストに位置し、中間にロマンス諸語、ハイコンテクストにアジア系の言語を話す国々が位置します。各言語群のなかでは、アングロサクソン系におけるアメリカ、ロマンス諸語におけるブラジル、アジア系におけるシンガポール、インドのように、文化的な多様性を持つ国がローコンテクストに位置します。(Meyer (2014, 日本語版 p.59))

  • 一番行き違いが生じやすいのが、ハイコンテクスト社会出身の人が別のハイコンテクスト社会出身の人とコミュニケーションをとる場合です。話し手はほのめかして真意を伝え、聞き手も積極的にメッセージを汲み取ろうとしますが、2人は別の文脈(コンテクスト)を持っているため、送りての意図とは違うメッセージが汲み取られる可能性が高くなります。多文化のチームでは、ローコンテクストなやり取りをすることで行き違いを防げます。(Meyer (2014, 日本語版 pp.76-77))

【ローコンテクストなコミュニケーションの哲学】(Meyer (2014, 日本語版 p.54)) まずこれから伝える内容を伝え、それから内容を伝え、最後に、伝えた内容を伝えよう

6.1.2 評価(直接的なネガティブ・フィードバック⇔間接的なネガティブ・フィードバック)

  • ネガティブ・フィードバックは、率直・単刀直入・正直に「直接的」に行われる文化と、柔らかく・さりげなく・やんわりと「間接的」に行われる文化があります。

    • 「直接的なネガティブ・フィードバック」の文化では誠実さ・率直さが美徳であり、批判はグループの前で個人に向けて行われもします。

    • 「間接的なネガティブ・フィードバック」の文化では批判は1対1で行われます。

  • コミュニケーションの「ローコンテクスト」、「ハイコンテクスト」との相関はなく、「A:ロー/直接(オランダ、ドイツなど)」「B:ハイ/直接(フランス、スペインなど)」「C:ロー/間接(アメリカ、イギリスなど)」「D:ハイ/間接(日本、中国など)」の4つに分類できます。(Meyer (2014, 日本語版 p.99))

6.1.3 説得(特定的思考【原理優先⇔応用優先】/包括的思考)

  • 「原理優先の思考法(演繹的思考)」は結論や事実を一般的原理や概念から導き出す思考法で、この文化の人々は一般的に行動に移る前に「なぜ(Why)そうするのか」を理解したがります。「応用優先の思考法(帰納的思考)」は現実社会の個別の事実を積み重ねることで普遍的な結論へと至る思考法で、この文化の人々は「なぜ」よりも「どうやって(How)そうするのか」に重きを置く傾向にあります。(Meyer (2014, 日本語版 pp.123-125))

    • 思考法の違いはその国の哲学的ルーツに根ざしており、合理主義(デカルト、ヘーゲルなど)の伝統がある大陸ヨーロッパは「原理優先の思考法」に位置します。経験主義(F・ベーコンなど)の伝統があるイギリスは「応用優先の思考法」に位置します2。アメリカは開拓者精神からイギリスよりもさらに応用優先です。(Meyer (2014, 日本語版 p.128))
  • 合理主義・経験主義に関わらず西洋哲学が「ある事物を環境から取り出して個別に分析できる」特定的思考である一方で、東洋(中国)哲学は「相互のつながりや関わり合いに重きを置いた」包括的思考であるといえます。(Meyer (2014, 日本語版 pp.141-142))

    • こうした思考の違いがあるために、行き違いが起こりえます。西洋文化の人々は東洋文化の人々があえて本題に入らず回り道をしているように感じる一方で、東洋文化の人々は西洋文化の人々がひとつの要素だけを取り出し、相互関係の重要性は無視して決断を下そうとしているように感じます。(Meyer (2014, 日本語版 p.142))

中国人はマクロからミクロへ考えるが、西洋人はミクロからマクロへ考える。たとえば、住所を書く時も、中国人は省、市、区、地名、番地と書く。西洋人は正反対に書くー家の番地から始めて、それから市や州へと続けていくんだ。同じように、中国人は名字を先に書くが、西洋人は名前から書く。中国人は年、月、日と書くが、これも西洋人は反対に書く。(Meyer (2014, 日本語版 p.142))

6.1.4 リード(平等主義的⇔階層主義的)

  • 「平等主義的」、「階層主義的」は、それぞれHofstede, et al. (2010)の「権力格差が低い」、「権力格差が高い」に該当します

    • 「平等主義的」な文化では組織はフラットで、しばしば序列を飛び越えてコミュニケーションが行われます。「階層主義的」な文化では、組織は多層的かつ固定的で、序列に沿ってコミュニケーションが行われます。(Meyer (2014, 日本語版 p.159))
  • 儒教の影響を受けているアジアの国々は「階層主義的」です。ヨーロッパでは、中央集権体制を築いた(かつカトリックの)ローマ帝国の影響下にあった南欧の国々(スペイン、イタリアなど)は「階層主義的」で、宗教革命によってカトリックから分離したプロテスタントの西欧の国々(ドイツ、イギリスなど)やアメリカは「平等主義的」に位置します。平等主義的であったとして知られるヴァイキングに大きく影響を受けている北欧の国々は、もっとも「平等主義的」に位置します。(Meyer (2014, 日本語版 pp.159-163))

6.1.5 決断(合意志向⇔トップダウン式)

  • リードの指標において「平等主義的」の側に位置する国ほど、決断の指標において「合意志向」の側に位置します3
  • 「合意志向」の文化では、全員の意見を聞くため意思決定にかなりの時間がかかる一方で、一度決断が下されると実行は迅速です。

  • 「トップダウン式」の文化では、決断はひとりの人間によって素早く下される一方で、決断の修正・変更の可能性も多く実行にかなりの時間がかかります。

6.1.6 信頼(タスクベース⇔関係ベース)

  • 信頼には、相手の業績や、技術や、確実性に対する確信に基づく「認知的信頼」と、親密さや共感や友情といった感情から形成される「感情的信頼」があります。(Meyer (2014, 日本語版 pp.208-209))

    • 「認知的信頼」と「感情的信頼」を分けて考える文化をタスクベース、一緒に考える文化を関係ベースと呼びます。
  • コミュニケーションの指標において「低文脈」の側に位置する国ほど、信頼の指標において「タスクベース」の側に位置します。

  • タスクベースの社会では、ある(ビジネス)ネットワークへの出入りは比較的容易で、もしビジネス上の関係がどちらかにとって満足のいかないものであった場合は、次へ移ります4。(Meyer (2014, 日本語版 p.278))

6.1.7 見解の相違(対立型⇔対立回避型)

  • 人前での反論が「よりよい結論を得るために必要なもので、人格と切り離されたもの」なのか、「面子を失わせグループの調和を乱す(人間関係にネガティブの影響を与える)もの」かどうかで、対立型・対立回避型の位置が決まります。

  • 評価の指標において「直接的なネガティブ・フィードバック」の側に位置する国、説得の指標において「原理優先」の側に位置する国、見解の相違の指標において「対立型」の側に位置します。

6.1.8 スケジューリング(直線的な時間⇔柔軟な時間)

  • 「直線的な時間」、「柔軟な時間」は、それぞれHall (1983)の「モノクロニック時間」、「ポリクロニック時間」に該当します

  • スケジューリングの指標における位置づけは、ある国の日常生活がどの程度固定化されていて安定しているか、どの程度流動的で不定なものかに影響されます。 (Meyer (2014, 日本語版 p.276))

  • 信頼の上で人間関係が重要な文化(信頼の指標において「関係ベース」の側に位置)は、スケジューリングの指標において「柔軟な時間」の側に位置します5。(Meyer (2014, 日本語版 p.278))

参考文献

Hall, Edward T. (1976). Beyond culture. Anchor Books.(岩田慶治・谷泰(訳)(1993)『文化を超えて 新装版』阪急コミュニケーションズ.)

Hall, Edward T. (1983). The Dance of Life: The Other Dimension of Time. Anchor Books.(岩田慶治・谷泰(訳)(1983)『文化としての時間』TBSブリタニカ.)

Hofstede, G, G. J. Hofstede, and M. Minkov (2010). Cultures and Organizations: Software of the Mind, Third Edition. McGraw-Hill Education.(日本語版 岩井八郎・岩井紀子(訳)(2013)『多文化世界 違いを学び未来への道を探る 原書第3版』有斐閣.)

Meyer, E. (2014). The Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of Global Business. PublicAffairs.(日本語版 樋口武志(訳)・田岡恵(監訳)(2015)『異文化理解力』英治出版.)

山岸俊男・ブリントン,メアリー・C (2010)『リスクに背を向ける日本人』講談社現代新書2073.


  1. 他の国々との比較からあぶり出される日本文化の特徴やカルチャーマップの活かし方について、著者がインタビューに答えています。↩︎

  2. この違いは思考法だけでなく、法体系の違いにも影響を与えています。↩︎

  3. 「平等主義的」でありながら「トップダウン式」のアメリカ、「階層主義的」でありながら「合意志向」のドイツ、日本は例外です。↩︎

  4. 山岸・ブリントン (2010)のいうセカンドチャンスは、転職の文脈におけるこの状況を示していると解釈できます。↩︎

  5. 日本は例外です。↩︎