5.3 アジア企業のマネジメント

5.3.1 計画

  • アジア企業は家族経営が一般的です。

    • どの国も中小企業は家族経営が一般的で、大企業に発展する過程で「所有と経営の分離」が生じます。

    • 韓国の「財閥(チェボル)」は世界的な大企業となりながらも経営トップを家族で占め続けています。

  • オーナー経営者が直感で経営することが多く、環境変化に柔軟に対応できる一方で、戦略的に計画を立てることは少ないです。

    • 直感的な行動を支えるのが、情報収集です。企業家同士のネットワーク(「関係(guanxi)」)を通じて、幅広く情報を集めます。

    • 信頼できる情報源でビジネスチャンスがあるとみれば、既存事業と関連性のない多角化を行うこともあります。

    • 不確実性回避が低いこととも影響しています。

  • 中国は専制政治であるため、税制、財産権、会計原則、外国為替、貿易政策、各種規制において不確実性(急に変更される可能性)が高いです。

    • そのため、計画は立てたとしても柔軟に見直さざるを得ないといえます。
  • 欧米や日本と取引する企業は、厳しい生産納入計画、品質要求に合わせるために計画を立てています。

    • 経営者が海外留学や海外勤務経験を有する場合、外国企業の経営スタイルを理解し適合させています。

    • 欧米や日本企業が中国に進出する場合、欧米や日本企業の経営スタイルを十分理解し、中国語で業務遂行できる台湾企業とパートナーを組み、進出することもあります。

― 韓国の「財閥(チェボル)」は、日本の水平的系列のように幅広い業種の企業によって形成されています。

  • 日本のの水平的系列ではグループ全体を統括する人物はいません。各グループ企業は(ほぼ)対等で、社長会で情報交換をしていました。

  • 韓国の「財閥(チェボル)」には、(かつて)グループのなかに「企画部」という各企業とは独立した組織が存在し、グループ全体の世界各国市場での戦略を統括するオーナー経営者をサポートしていました。

    • 各グループ企業は法的には独立した企業なので、各企業に属さない「企画部」が統括することには法的根拠がありません。そのため、経済危機に陥ったときに解体されました。
  • 韓国は政府主導型資本主義で経済発展を遂げました。

    • 政府は数次に渡り5カ年計画を制定し、その計画を実現するために、補助金、免税・減税措置、保護貿易、優先調達などで、企業行動(計画)に影響を及ぼしました。
  • 韓国の金融システムは、銀行中心の金融システムです。

    • オーナーが支配権を維持しようと株式による資金調達を限定的にしか行わなかったため、証券市場は未発達でした。

    • 他方、1970年代まで銀行の多くが国有されていたため、政府は融資の判断を通じて企業の投資行動(計画)に影響を及ぼしました。

5.3.2 組織化

  • アジア企業の多くはオーナー・家族経営であるため、組織はシンプルです。中国(華僑)の伝統ともいえます。

    • 取引先とは「関係(guanxi)」でネットワーク化されます。
  • アメリカ企業、日本企業の文脈では、組織化は企業の組織を話でしたが、アジア企業の場合、企業間のネットワークが注目されます。

    • 経営者個人間の繋がりの連鎖(ネットワーク)で、ビジネスの情報交換が進みます。

    • 中小企業が連携する(あたかも1つの企業の各部署として機能する)ことで、世界的規模のビジネスが展開されます。

  • アジア企業には家族経営ゆえの限界があります。

    • 信頼できる一族で経営陣を占めるため、規模拡大に限界があります。

    • 支配権を維持するために借入に依存する傾向があるため、財務基盤が弱く、倒産リスクが高くなります。

      • 韓国の「財閥(チェボル)」は1997-98年の経済危機で、多くが淘汰されました。
  • 韓国の「財閥(チェボル)」は独立した企業で構成されていますが、株式保有のピラミッドまたは持ち合い構造により、オーナー(一族)に支配されています。

    • 日本の水平的系列(旧財閥)との類似点と相違点は表5.3の通りです。
表 5.3: 韓国の「財閥(チェボル)」と日本の水平的系列(旧財閥)
類似点 相違点
・株式持ち合い ・歴史が短い(1950-60年代から、現在は3,4世代目)
・グループ企業間における情報の共有 ・国民経済に占める割合が大きい
・政府からの保護支援が大きかった
・経営者はオーナー一族が多い(日本は内部昇進)
・グループ内に銀行を持たない、負債比率が高い

5.3.3 指揮・調整

  • アジア各国は総じて権力格差が高いです。

    • (とくに家族経営の)企業においては、社内の人間関係も親子関係の延長と考えられます。

    • 部下には「従順、調和、服従、恭順」が期待され、上司には「(父親的)慈愛を伴った規律・権威、誠実・信頼」が期待されます。

    • メリットとしては権威主義的リーダー(企業:オーナー経営者)がトップダウンで素早く決断できること、デメリットとしては自由なコミュニケーションが阻害されることが挙げられます。

    • 階層主義的でトップダウン式という組み合わせは、世界的によく見られるものです(図5.1参照)。

      • この点は日本が特殊な位置にいるので、海外ビジネスにおいて注意すべき点になります。
  • 日本人と中国人は直接的なネガティブ・フィードバックやオープンな反論は不快に感じます。(Meyer (2014, 日本語版 p.299))

    • 中国(と韓国)は内集団においては対立回避型である一方、外集団に対しては対立型となることがあります。(Meyer (2014, 日本語版 pp.256-257))

    • 日本人は対立回避型であるので、中国人がとても直接的と感じることがあります。

  • 不確実性回避が高い国においては、変化への抵抗感はあります。

    • 他方、内部昇進が限定的なため、(日本と比べると)起業が多い傾向があります。
  • モチベーションについては、儒教的価値観(倹約、忍耐、秩序)が高度成長に寄与したという解釈があります。

    • Weber(1905)の「プロテスタンティズムの倫理が、近代資本主義の成立について精神的側面から影響を及ぼした」との欧米の経験と類似しているという議論です。

5.3.4 統制

  • アジア企業は、内部からの統制が機能しているとは言い難いです。

    • 経営陣は家族・親族が多く、反対意見を述べる可能性のある独立した取締役、外部の監査役を避ける傾向にあります。

    • 利益よりも(オーナーの)支配権、つまり思い通りに経営ができることを重視します。

    • オーナー経営者の暴走を止めにくい構造になっています。

  • アジア企業は、外部からの統制も機能しているとは言い難いです。

    • 経営者が支配権を手放したがらないため、株主は分散していません。

      • 企業買収を行いにくい株主構造となっており、株式市場を通じた統制は少ない状況です。
    • 資金調達は、株式でなく負債(借入)に多くを依存しています。

      • かつて国有銀行による貸出は、リスクよりも関係(政府関係者と経営者)が優先されたため、オーナー経営者の暴走を止めることができませんでした。
  • アジア企業において機能している統制は、コストに対する感覚です。

    • 香港、台湾、シンガポール(華僑)はコストや金融の効率性に対する感覚が鋭いといわれます。

    • コストに対する感覚が統制として機能しているのは、日本企業が絶え間なくコスト(製造原価)低減に取り組むのと類似しているところがあります。

  • アジアは総じて高文脈社会であるため、基準・規則は文書化されていません。

    • 仕事の監督は基準が漠然としていて、個人の責任に大きく依存します。5.1.1文化の節で引用したMeyer (2014, 日本語版 pp.288-290)のように、基準・規則ではなく即興で柔軟に対応します。
  • 人事評価は体面を保つことが重要です。

    • 部下に対しても厳しい評価をつけにくいところがあります。

参考文献

Meyer, E. (2014). The Culture Map: Breaking Through the Invisible Boundaries of Global Business. PublicAffairs.(日本語版 樋口武志(訳)・田岡恵(監訳)(2015)『異文化理解力』英治出版.)