4.2 日本企業の経営者

  • 本節では、日本企業の経営者に関連する項目を整理します。

    • まず、日本企業の経営者のキャリア形成のプロセス、選抜・移動を整理します。

    • 次に、日本企業の経営者の報酬について、概要を整理します。

    • 最後に、日本企業の経営者の教育的背景(学歴)や、経営学の教育の位置付けについて整理します。

4.2.1 選抜・移動

  • Strategy& (2019)が行った、世界の上場企業における時価総額の上位2,500社を対象にした調査によると、日本企業の経営者(最高経営責任者CEO:Chief Executive Officer)の平均像は、以下の通りです。 アメリカ アジア

    • 2018年に就任したCEOの年齢の中央値は60才です。

      • Edfelt (2010, pp.240-241)によると、日本企業は以下の特徴があります。

        • 50代で常務になり、(専務を経て)社長に就任するのは平均で59才

        • 社長として6.3年経営し、その後2/3が会長になる

        • 業績不振によって退任を強いられることは少ない

    • 内部昇格したCEOが97%で、外部招聘のCEOが3%でした(図4.8参照)。

      • 新任CEOの18%が他企業での職務経験があります。
    • 海外での勤務経験を有するCEOは21%でした(図4.9参照)。  

      • 世界平均レベル(33%)に比べると低い水準です。
    • 新任CEOの100%が日本国籍でした。

    • 新任CEOの女性比率は0%でした。

      • デロイトトーマツグループと三井住友信託銀行とによる上場企業970社を対象にした調査(2021年)によると、「取締役に女性・外国人とも登用していない企業は48%、女性取締役がゼロは51%だった。2020年の調査(902社)でそれぞれ57%、60%だったのに比べて女性・外国人の登用が進んだものの、なお半数の企業の取締役会が日本人男性のみで運営」されていました8。  

      • 帝国データバンク (2021)によると、日本企業の女性管理職(注:CEOではない)の平均割合は過去最高となったものの 8.9%にとどまりました。

      • 政府は2003年に「2020年までに女性管理職の割合を30%に」との期限付き目標を掲げましたが、実現が見通せず、2020年12月に「2020年代の可能な限り早期に」と改めています9

      • 経済産業省 (2022, p.47)によると、日本(2020年)の役員の女性比率は6%、管理職の女性比率は15%でした(図4.10参照)。

CEOの内部昇格・外部招聘の割合/CEOの他企業での経験

図 4.8: CEOの内部昇格・外部招聘の割合/CEOの他企業での経験

出所)経済産業省 (2022, p.45)

就任したCEOの国籍/就任したCEOのグローバル経験

図 4.9: 就任したCEOの国籍/就任したCEOのグローバル経験

出所)経済産業省 (2022, p.46)

役員・管理職に占める女性比率

図 4.10: 役員・管理職に占める女性比率

出所)経済産業省 (2022, p.47)

  • 新任CEOの0%がMBA(経営学修士)保有者です。

    • 世界平均(33%)を大きく下回ります。

    • 理系出身は大学院修了(修士)も一般的ですが、文系出身は大学卒業10が多いです。

  • 小熊 (2019, p.6)は、経団連11正副会長のプロフィール(表4.1)を参考にして、本節で述べた日本企業の特徴を以下の通りまとめています。
  1. まず、学歴が重要な指標となっている。ただし重要なのは学校名であり、何を学んだかではない。
  2. つぎに、年齢や勤続年数が、重要な指標となっている。ただしそれは、1つの企業での勤続年数であって、他の企業での職業経験は評価されない。
  3. その結果、都市と地方という対立が生じる。何を学んだかが重要なら、必ずしも首都圏の有名大学である必要はない。
  4. そして、女性と外国人が不利になる。女性は結婚と出産で、勤続年数が中断されがちだ。また他国企業での職業経験が評価されないなら、外国人は入りにくい。
表 4.1: 日本経団連正副会長19名(2018年6月)のプロフィール
国籍 性別 創業者orプロorサラリーマン 転職経験 最年少 出身校 海外経験
全員日本人 全員男性 全員サラリーマン経営者 全員なし 62歳 東大(12人) 駐在経験あり(7人)

出所)日本経済新聞12、日本産業新聞13

  • 学歴重視の結果、日本企業の経営者は同質性が高く、ダイバーシティの面で遅れていると指摘されています。

  • 終身雇用の一方で、海外企業比べ昇進が遅いのが特徴です。

    • 海外企業では社員を競わせ、昇進できなかった社員は退社していきます(up or out)。

    • 日本企業は定年退職まで企業にいるため、昇進が遅れた社員がやる気をなくして働く期間が長くなります。そこで同期入社でできるだけ差が生まれないよう昇進を遅らせます。

表 4.2: 課長・部長への昇進年齢
課長 部長
中国 28.5歳 29.8歳
インド 29.2歳 29.8歳
タイ 30.0歳 32.0歳
米国 34.6歳 37.2歳
日本 38.6歳 44.0歳

出所)経済産業省 (2022, p.36)

  • 移動の少なさは、終身雇用によって転職が経済的に不利であることや(そのために)不確実性回避が高くなっていることから解釈できます。

    • 「現在の勤務先で働き続けたい」と考える人は少ない(図4.11参照)一方で、「転職や起業」の意向を持つ人も少ない(図4.12参照)という調査結果が出ています。
現在の勤務先で継続して働きたい人の割合

図 4.11: 現在の勤務先で継続して働きたい人の割合

出所)経済産業省 (2022, p.34)

転職意向のある人の割合/独立・起業志向のある人の割合

図 4.12: 転職意向のある人の割合/独立・起業志向のある人の割合

出所)経済産業省 (2022, p.35)

4.2.2 報酬

  • 3.2.2で見たとおり、日本企業CEOの報酬(2020年度)の中央値は1.8億円でした。

  • 東洋経済新報社 (2022)によれば、2億円以上の報酬は267人いました。

    • 外国人のCEOは少ないですが、役員は多く見られるようになりました。

    • 業績連動ボーナスを実施する企業は少ないですが、増えつつあります14

  • 東洋経済新報社 (2020)によると、ペイレシオが高い企業3社は武田薬品工業55.67倍、ユニバーサルエンターテイメント47.66倍、ソフトバンク43.35倍となっています。

    • ペイレシオは先進国で最も低いです。
  • 日本企業は終身雇用かつ年功賃金のため、転職が少ないです。

    • 年功賃金では、仕事の貢献度と受け取る賃金が異なるため、中途退社が不利な賃金体系となります(図4.13参照)。

    • 年功賃金は海外にもありますが、日本はその傾向が強いです(図4.14参照)。

「賃金カーブ」と「貢献度曲線」の関係

図 4.13: 「賃金カーブ」と「貢献度曲線」の関係

出所)産業能率大学総合研究所 (2021)

賃金カーブの国際比較

図 4.14: 賃金カーブの国際比較

出所)日本経済新聞電子版 2019年7月3日「年功序列型の賃金とは 日本型経営「三種の神器」」

4.2.3 教育

  • 大企業・政府は有名大学から新規学卒者を大量に採用します。

    • 受験によって選抜が済んでいると考えています。

    • 個人の資質(責任感、規律等)を重視し、大学の専攻はさほど重要視しません。

    • 小熊 (2019)は、上掲の日経新聞記事が「卒業した大学名は詳細に記されているが、学部や専攻については何も述べていない」ことを指摘し、日本社会は「何を学んだかが重要でない学歴15重視」であるとしています。

  • 文部科学省科学技術・学術政策研究所によると、日本は人口100万人当たりの博士号取得者数で米英独韓4カ国を大きく下回ります(図4.15参照)。

    • 大学院(特に文系)への評価は低く、先進国の中では「低学歴国」となりつつあります。
人口100万人当たりの博士号取得者数

図 4.15: 人口100万人当たりの博士号取得者数

出所)日本経済新聞電子版 2022年5月2日「「低学歴国」ニッポン 革新先導へ博士生かせ」

  • 「仕事」をきちんと決めておいてそれに「人」を当てはめるやり方の欧米諸国に対し、「人」を中心に管理が行われ、「人」と「仕事」の結びつきはできるだけ自由に変えられるようにしておくのが日本の特徴です(濱口 (2013, p.35))。

    • そこで求められるのは、「いかなる職務をも遂行しうる潜在能力」となります。

    • 企業は採用に当たって「新規学卒者の「能力」の代理指標としてその学歴水準、それもどのランクの大学に入れたか(中略)という指標を採用(濱口 (2013, p.126))」します。

    • 情報の経済学におけるシグナリングという概念を使うと、学歴重視には合理性があるとされます。

  • 大卒の1/5は経済・商学系(アメリカと同様)です。

    • しかし(生産)現場を重視し、学問としての経営学を重視しない傾向があります。
  • 経済・商学系学部卒の16人に1人がビジネススクールに進学します(Edfelt (2010, p.242))。

    • ただし、MBAが出世や昇給の近道となっていません。

    • むしろ、文系で修士号や博士号を取得していると、逆に出世しにくい面があります。「ムラ社会だと修士号や博士号を持っていると「異端」に位置づけられて、「本流」から外されてしまうわけです(小野・冨山 (2020))」

  • 企業で必要な技能には「一般的技能」と「企業特殊的技能」の2種類があると言われています。

    • 「一般的技能」とは、転職して他社に移っても転用可能な技能です。語学、簿記、ITスキルなどが挙げられます。

      • 「一般的技能」を修得すると転職する際に評価されるので、従業員は転職が容易になります。そのため企業が「一般的技能」の教育訓練(を負担)することはあまりありません(図4.16参照)。
    • 「企業特殊的技能」とは、その企業内でしか使えない技能です。企業独特の仕事のやり方、社内手続きルールのほか、職場における良好な人間関係などが挙げられます。

      • 「企業特殊的技能」を習得しても、転職する際には評価されない(できない)ので、転職が賃金増加につながらない傾向があります。

      • 終身雇用を前提とすると、従業員が「企業特殊的技能」を習得することは合理的となります。

転職意向のある人の割合/独立・起業志向のある人の割合

図 4.16: 転職意向のある人の割合/独立・起業志向のある人の割合

出所)経済産業省 (2022, p.40)

  • 「企業特殊的技能」に関わる社内教育は充実しています。

    • 濱口 (2013, p.97)は、その理由を次のように説明しています。

「人」が先にあり、その人にすぐにできるとは限らない「仕事」を当てはめるというやり方ですから、その「仕事」のやり方を社内で学ぶという仕組みがなければ、うまく回っていきません。つまり、仕事に関する教育訓練の仕組みが、社内教育訓練中心の仕組みにならざるを得ないということです。

  • 日本では企業が事業構造を変化させるのに伴って、従業員を再教育し成長職種に配置転換させます16。労働者が自ら大学(院)でスキルを学び直し転職するアメリカとは対照的です。

参考文献

Edfelt, Ralph B. (2010). Global Comparative Management. SAGE.

Strategy& (2019)「2018年 CEO 承継調査」

経済産業省 (2022)「未来人材ビジョン」

小熊英二 (2019)『日本社会のしくみ』講談社現代新書2528.

小野一起・冨山和彦 (2020) 「日本企業で出世する人たち、じつは「超低学歴」ばかりになっていた…!」マネー現代

産業能率大学総合研究所 (2021) 「賃金を切り口とした年功序列型人事制度の検証」

帝国データバンク (2021)「女性登用に対する企業の意識調査(2021年)」

東洋経済新報社 (2020)「社員と役員の「年収格差」ランキングTOP500」東洋経済ONLINE

東洋経済新報社 (2021)「「年収1億円超」の上場企業役員ランキングTOP500」東洋経済ONLINE

濱口桂一郎 (2013)『若者と労働』中公新書ラクレ465.


  1. 日本経済新聞朝刊 2021年11月21日「女性・外国人取締役、主要企業の半数でゼロ」↩︎

  2. 日本経済新聞電子版 2021年5月15日「女性の管理職比率とは 米欧先行、日本は10%台」↩︎

  3. CEOの学歴として、「大卒」は国際的には低学歴といえます。↩︎

  4. 経団連については、マイナビ (2020) “「経団連」とは? 今さら聞けないその言葉の意味・役割・取り組みを解説”などを参考にしてください。↩︎

  5. 日本経済新聞朝刊 2018年6月18日「変わる経団連、変われぬ経団連」↩︎

  6. 日経産業新聞 2018年6月22日「経団連 この恐るべき同質集団」↩︎

  7. 日本経済新聞朝刊 2020年7月19日「社長の報酬、日米で格差12倍に 19年度 業績連動部分少なく」によると、自社の現物株を報酬として付与する企業が、2020年6月末時点で800社超と過去1年間で5割増えました。日本では報酬全体の57%が固定給ですが、アメリカではわずか9%です。↩︎

  8. 冨山和彦氏は対談の中で「そうですね。合格歴ですよね。濁点が違っています。「高学歴」じゃなくて「合格歴主義」(笑)。」といっています。小野・冨山 (2020)↩︎

  9. 日本経済新聞朝刊 2021年7月7日「工場従業員にDX教育 キヤノン 成長職種へ配置転換」↩︎